2009 1月
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2009年1月31日(土) 天気 朝のうち風雨のち曇り
powerpoint

昨日ですがoffice powerpoint2007が届きました。

昨日は時間が無かったので今日インストールしてネコから送られて来たpptファイルを開いてみました。


ちゃんと開く事が出来て、書きこむことも出来ました。




これでパレードの申し込みは郵送しないで済みそうです。

ツーリングの案内はがきも火曜日頃にファックスで手配をしたのですが
昨日、郵便局へ出したと連絡を受けたので月曜日には案内はがきが届くと思います。

2009年1月30日(金) 天気 雨
実況検分

いよいよ実況検分をする日が来ました。

午後2時にカミさんに送ってもらって警察署の事故調査係へ行きました。

車検証、自賠責保険の証書、免許証、破損したバイクの写真などを提出し
現場の位置を地図を見ながら話し住所を特定します。

ただ思っていたほどの詳しい事は聴かれず、すぐに調書を印刷してきて
それにサインと拇印をして調書は終了です。

気になる違反切符ですが
ケガをした上に免許の減点と罰金はかわいそうなので
調書上では軽傷という事にしてくれました。

次に事故処理車に同乗させてもらって現場での実況検分です。

調書をとった警察官にもう一人が加わり3人で現場へ向かいました。
パトカーは乗った事ありますがワンボックスの事故処理車は初めてかも知れません。

雨の降る中現場付近へ到着し転倒した場所を警察官へ教えます。

交通量が多く通行車両の速度も高めと言う事で側道の生活道路から歩いて現場へ入りました。

するとチョークで路肩にしるしをつけると
「これから計測をするけど、結構時間がかかるからこれで帰っても結構ですよ」
と言ってくれました。
(警察署を出る時に、現場の方が家に近いので現場で帰っても良いのか聞いていたので)

仕事とはいえ雨の降るなかでやって貰ったのは申し訳なく思いました。
二人にお礼を言って現場を後にしました。


2009年1月29日(木) 天気 曇り
1TB

PCのバックアップを取るのに250GBの外付けHDDでは容量が足りなくなりました。

昨年購入した500GBはまだ80GB程度しか使っていないので
こちらにバックアップを取る事は出来るのですがバックアップは専用のHDDにしたかったので
新たに1TB(1000GB)を購入しました。

HDDも安くなり一年前の500GBの値段で1TBを購入する事ができます。

I・O DATAという会社のもので500GBと外観の区別はつきません。




唯一、下側に貼ってある製品番号でやっとわかります。


他に常時接続しているこちらはバッファロー製のやはり500GBのHDDがありますが
こちらはHDDを振動や熱から保護する装置が付いているので
この中であまり使わないデータを1TBの方に移して
昨年購入した500GBをバックアップ用にしようと思っています。

2009年1月28日(水) 天気 曇り
zzzing,jp

以前にもドメインを取得しましたが今日から3日間だけ6割引で永遠にその割引率が継続するという
キャンペーンを行っているので取得しました。

DSCC中部のある人が使用しているzzzing(こちらは.net)ですが
.jpがまだ誰も使用しておらず取得出来るという事なので一応2年の契約をしました。

一緒に申し込むと手数料が安くなるので、レンタルサーバーの申し込みもしました。
こちらはサービス期間が終了すると月額1500円になりますが、
マルチドメインに対応しているので複数のドメインのホームページを設置出来るので
ゆくゆくはそちらへ移動しようと思っています。
まだ一つも使っていませんが日本語ドメインを含めこれで4つ持っている事になります。

今度のサーバーはメールアドレスも無限に持てるので便利かなと思います。

家にいると暇なのでつい余計なメールを見てお金を使ってしまうみたいですが
高い.jpが永続的に安く使用できるのはまぁ、いいかなとは思っています。

ちなみにfireblade.comとか.net、.jpなどは全て他の人が使っていて取得できませんでした。

2009年1月27日(火) 天気 晴れ
車検証

金曜日の警察の実況検分の際に車検証と自賠責保険の証書が必要なので
カミさんに乗せて貰い修理に出したバイク屋さんへ取りに行ってきました。
まだ修理の方は手つかずでしたが部品の手配はしてあるので2〜3日中には修理を始められるという事でした。

帰りに母の病院へ寄ってきました。
SpO2の数値が悪く89とアラームが鳴っていて供給している酸素の濃度を上げたという事です。
心配なのでしばらく病室にいましたが1時間半ほどするとアラームの鳴らない92まで数値が回復してきました。
荷物を郵便局で5時までに出さなくてはならないのでとりあえず家に帰ってきました。

運動不足のため郵便局へは歩いて行き、帰る頃には日が沈む夕焼けとなっていました。

2009年1月26日(月) 天気 晴れ
一週間

今日で手術を受けてからちょうど一週間で、この日記を書いている今頃は
麻酔が切れて大変辛い時だったと思います。

昨日、セレナのポジション球交換で少し手を動かしたせいか
今日になり、多少つれる様な痛みが出てきたので一日安静にしていました。

ただ、単独の転倒事故とはいえ各種保険の関係で事故証明が必要になり警察の実況検分も必要になります。
救急車を呼んだ時点で警察の方へには連絡がいっており、
運ばれた日に警察と電話で話したのですが退院してからまた連絡する事になっていました。

今日連絡をし、調書と実況検分をする日が30日に決まりました。
本人のケガでも人身事故扱いになるそうで、もしかすると免停もありうるかも知れません。
でも通勤途中だったので労災の適用となり事故証明はやはり必要なのでしょうがないです。

2009年1月25日(日) 天気 晴れ
片手の不便さ

セレナにLEDのスモール球を取り付けていましたが、
どうもヘッドライトのキセノン点灯時に出る何か?(電磁波?静電気?)によってLEDが壊れるようです。
以前にもファイヤーブレードのLEDポジション球がライト点灯時に切れましたし、オートメカニックという雑誌にも似たような記述がありました。
普通のお店で市販されている大手メーカ−のLEDならば対策がしてあり大丈夫みたいですが。

先日カミさんがセレナのスモールが点滅状態になっていると言っていたので
痛みも治まってきた今日交換をしようとしたのですが
いざやろうと思ったら片手しか使えずボンネットを開く事が出来ませんでした。

しかたが無いのでカミさんにボンネットを開くのを手伝って貰い、手元にあった市販のLED球(ポラーグ製)に
なんとか交換出来ました。
ただし手元には白色が無くオレンジ色しかなかったのでこのままでは車検とかはNGでしょう。

なんか休みの日に簡単な作業も出来ないとは片手とは不便なものです。

思えば骨折する前日にやったZのレーダー探知機の取り付けも途中のままですし、
いったいいつになったらZに乗れるようになるのか、、、

2009年1月24日(土) 天気 曇り
タイムマシーンフェスティバル2009
富士スピードウェイで3月22日に行われるパレードの募集を本部ページで始めました。
と言っても本部宛てのメールで受け付けるだけですが、、

今回はメールで申し込みを受け付けるのはDSCC関東各支部の会員のみという事になります。

申し込み締め切りは2月18日(水曜日)まで、(ネコパブリッシング側は20日まで)

ネコパブリッシング側が送ってきたフォームはPDFとPPTというファイルで送られてきており
PDFは印刷して郵送で、メールで送り返すにはPPTを開く
マイクロソフトオフィスのパワーポイントというソフトが必要で
オフィスのパーソナルしか持っていない自分はパワーポイントだけ別途購入しなくてはなりません。

調べてみるとなんと!パワーポイント単体のソフトは26000円くらいします。

が、パーソナルを持っていれば1月30日に特別発売の(なんと良いタイミング!)
パワーポイントのアップグレード用が9000円弱で購入出来る事が分かりました。
送料を合わせて一番安い8982円で購入しましたがこれの到着は1月30日となります。

使ってみなくては何とも言えないので、もし郵送でフォームを送っても間に合うように
ネコパブリッシング側の締切りよりも2日早い18日までとさせてもらいました。
2009年1月23日(金) 天気 曇り
J's tipo

病院にいたのでいつ発売されたのかわかりませんでしたが
J's tipoの3月号にZ Car Fiestaが載っていました。



Z34のデザインアンケートの半分以上は友人が掲載されていて驚きました。

またオーナーと車の欄には今年も黄色いのが、、
例年に漏れずルーペで見ないと駄目なほど小さいですが。


今年は掲載されないと思っていました。
というのは、公園の駐車場に入場後すぐにネコパブリッシングの記者に簡単な取材を受けたのですが
その取材の途中で昨年、掲載されたと告げると
一度、掲載された人は原則的には掲載しないのですが
一応、写真を撮っておきましょうと写真を数枚撮られました。





2009年1月22日(木) 天気 小雨
入院7日目 退院

昨夜遅くに37度7分の熱が出ましたが朝起きると下がっていました。
やはりまだ完全な調子ではないようです。

カミさんに送って貰って朝8時半に病院へ戻りました。
午前中の回診の時に問題が無ければ今日退院出来るはずです。
それまではゆっくり過ごそうなどと考えていたら
9時過ぎに担当の先生が病室までやってきて傷の様子を診てくれて
順調に回復しているという事で今日予定通り退院の許可を貰えました。

次は2月3日の抜糸の時まで病院に来なくて大丈夫だそうです。

気になるのは傷の表面に貼っている薄い透明なテープですが
これは2月3日まで貼りっ放しにするそうです。
かゆくならないか少し心配ですが、、

ただし抜糸までは腕を上げないように、動かすのは三角巾の中だけという
制限が付きました。

その後、診察券と2月3日の予約カードが手元に届き退院は可能になりましたが
カミさんの迎えが夕方にならなければ来られないので
ベッドの上でのんびり過ごすしかありません。

10時ごろ、外泊中に病院までお見舞いに来て頂いた(大変申し訳ありませんでした)本部長から
預かっていた看護婦さんがお見舞いと本を持って来ました。

この本はプロ野球選手の清原選手の自伝とも言える本で
”男道 清原和博”
という題名の本で看護婦さんから手渡されてすぐに読みはじめました。

内容は幼い頃から引退までを、心の内面を主に書き綴ったもので親友桑田選手やジャイアンツの事など
今はじめて真実を知った!!という事も書かれていました。


途中、院長の回診や昼食、昼食後に眠くなり少し昼寝、、
などをしながら午後3時ごろまでに最後まで読み終えました。

読み終えると特別にやる事もなくiPodで音楽を聞きながら昼寝などと
働いている人には申し訳ない時間の過ごし方です。

今日みたいな雨の日で身体が痛くなければ病院という場所は
最高にゆっくりと静かに過ごせる場所だとわかりました。

カミさんが仕事の関係で遅くなり午後6時半、無事退院となりました。



2009年1月21日(水) 天気 晴れ
入院6日目 外泊中

昨日の朝からは想像できないほどゆっくりと家で過ごしています。

暇なので全身麻酔の症例などをネットで検索してみると
本人は知らないだけでこれは大変な事だったのだと改めて知りました。
中には手術前に見なくて良かったと思われるものもありました。


麻酔中は自発呼吸が停止するという事や麻酔のガスの種類によっては
麻酔中に悪夢を見やすいガスもあるという事で
手術中は何も分からずどちらかというと気持ちよく眠れたのは本当に良かったと思いました。
ちなみにその悪夢を見やすいというガスは麻酔をコントロールしやすいので一人で麻酔と手術を行う場合に
使う病院もあるという事です。

ほかは人工呼吸器装着のための挿管ですがこれは結構厳しいと思いました。

YouTubeでCGの説明映像が見つかりましたがこれも手術前に見なくて良かったかもと思いました。
入れ歯や差し歯の有無や、ぐらぐらした歯が無いか聞かれた理由がわかりました。
自分の場合手術後にのどや口の中に全く痛みや違和感が無いのできっと上手にやってくれたのだと思います。

2009年1月20日(火)
入院5日目 集中看護から一般病棟、そして家へ

朝に測定した熱は8度を超えており看護婦さんが氷枕と保冷剤3個持って来て
保冷剤は腋の下と足の付け根に当てる様に言われました。

まだ手術着とT字帯のままで、はだけるなんてものじゃなく右腕の三角巾以外はどこにあるのか分からない状態で
布団をめくるとすっぽんぽんの状態ですが恥ずかしいなどという余裕はありませんでした。

7時半までその状態でしたが、7時半に点滴を抗生剤に変える前に手術着からパジャマへ手伝って貰いながら着替えました。
さすがにパンツをはくのを手伝って貰った時は情けなく思いました。

8時に朝食が出てきました。
全粥でとても食べる気力はありませんでしたが食べないと痛み止めは飲めないと言われたので
ゆっくり3分の1くらいを食べました。

その後痛み止めを飲み、しばらくすると嘘の様に熱が下がり痛みが治まってきました。

トイレも歩いて行ける様に(と言っても個室だったのでベッドのすぐ隣ですが)なり
回診のある11時頃には骨折してから一番痛みの無い調子の良い状態になりました。



元気になったので個室の窓から記念撮影

回診後にやっと元の一般病棟の大部屋へ戻りました。
体調は良いままで、昼食までの時間を持て余すほどで
一階の売店まで昨日発売の雑誌を買いに行ったりしました。

昼食後はもう家に帰る事ばかりを考えて看護婦さんに外泊を打診してみました。
看護婦さんはとんでもないという顔をしましたが
一番最初の診察の時に先生に母の事を話してあったので
手術の翌日の火曜日には外泊も可能という事だったと話すと
執刀した先生と相談してからという事になりました。

午後、最後の点滴を受けている時に先生が来て傷に当てているガーゼを外出用の透明な幅広テープに交換してもらい
外泊で家に帰ることが可能になりました。

午後5時過ぎにカミさんが迎えにきて家まで帰ってきました。

母の状態は安定していましたが病院よりも家でゆっくりしたいので少しわがままを言ってしまったようですが
病院よりも家の方が落ち着いて寝れるという事は確かです。

そしてこの日の夜は痛みも無くこんなにぐっすりゆっくり眠れたのは手術中を除いて骨折後初めてでした。

2009年1月19日(月)
入院第4日目 手術

今日は朝から食べ物は食べられません。
飲み物は水かお茶ならば午前11時までに(ただし200cc程度まで)なら大丈夫だという事で
昨日買ってきて貰った麦茶を少し飲みました。

午前8時過ぎ、検温、血圧を測定をした際、9時までに手術着に着換える様に言われて手術着に着替えました。
この時、下着はまだ普通のパンツで良い事を聞きました。
この手術着というのはきちんとしていてもすぐにはだけて来てT字帯(ふんどしを短くしたようなもの)だとかなりだらしない事になりそうです。

午前9時過ぎに担当の執刀医、麻酔医、手術室管理医(これは女性でした)などからこれから行う手術の術式について話を聞きます。
麻酔医の先生は首を後ろにそらせてのどの通り具合などを見られました。
これは手術後に知りましたが麻酔中は呼吸が停止もしくは微弱にしかできないので人工呼吸器装着の挿管のためだそうです。

あとは手術前に肩に痛い注射をするのでこれだけ我慢すれば後は全身麻酔なので特別な事は無いと言われました。

手術の執刀は救急車で運ばれた日のはじめに診察してくれた先生で、容姿や外観で判断するのもなにかと思いますが
俳優の江口洋介に似た感じの人で救命のドラマのイメージが重なり単純にこれだけでかなり安心して手術を受けられました。


10時から生まれて初めての点滴が始まりました。
ラクテック注という点滴で後で調べたら体液を補うものみたいです。
このあと翌昼までこの点滴を受けることになりました。

11時半ごろ、先ほど言われた肩の痛い注射を看護婦さんにしてもらいます。
これは胃のレントゲンを受ける時のものと同じ感じでそれよりもやや量が多いですが我慢出来ない痛さではありません。
この時の説明は麻酔の利きを良くするためのものと聞きましたが後で調べてみると
精神を落ち着かせたり唾液の分泌を抑制するためのものらしいです。

12時半少し前に付き添いのカミさんがやってきたので下着のパンツをT字帯に履き替える手伝いをしてもらいます。
着替え終えて病室に戻った時、来れない母の代わりに来てくれた叔母が到着しました。

準備は整いましたが、手術室の片付けに時間が掛かっていて手術が少し遅れるという事を
看護婦さんが12時40分頃伝えに来ました。

12時50分ごろ、手術開始時間が1時15分に決まりました。


1時10分、看護婦さんが二人来て血栓予防のサポータみたいなストッキングを足にはかせられます。
このままベッドに乗せられて手術室まで運ぶというので、
恥ずかしいから自分で歩いて行くと言うと規則なのでそれは出来ないと断られました。

1時15分、ベッドに横たわったまま手術室に入室、入口でカミさん、叔母と別れと励ましの言葉を受けます。

入ったところでベッドからストレッチャーへ移動、メガネを外されているのでよく見えませんが
全体がタイル張りの明るい通路をかなりの長い距離を移動したようです。
リラックスさせるためかどこからか気持ちの良い音楽が途切れることなく流れており(例えるならば天国のお花畑で聞くような)
ほとんど不安や緊張はありませんでした。
そしてこのストレッチャーか手術台のどちらか忘れましたが無圧布団の様なやわらかい突起がついていて
長時間でもゆったりと眠る事が出来そうです。

手術台の脇に到着し高さを揃えたあと自分でゆっくりと手術台へ移動しゆっくりと仰向けに寝ます。
位置が悪いらしく、もう少し上へと促され上へ移動します。
今度は大丈夫だったみたいで手術台の下から左腕をのせる台が自動で左側に出てきて
そこに点滴をしている左腕をのせられます。

左腕が伸びたところで左腕を軽くベルトで固定され、今度は右側から右腕を乗せる台が伸びて出てきます。

右腕も乗せるのかと思ったら顔の上にアームでつながった酸素マスクが下りてきました。

このマスクは透明で周りは空気の詰まったビニールの浮き輪の様なものが付いていて口の周りにぴったりと密着するものではなく、またわざと隙間を開けているのかも知れません。

マスクが目の前で止まると麻酔医の先生から
「点滴に眠くなる薬を入れるのでゆっくり呼吸をしてください。
点滴を射しているところがピリッとするかも知れませんがすぐに眠くなるので大丈夫です。
と言われました。

”経験した人から聞いていた話だと数秒で眠ってしまうらしいけど、どうしよう眠くならないな”と思って大きく2回目の呼吸をした時
何かクロロホルムの様な匂いがすると感じた瞬間、周りの景色がまわる様な感じで意識が薄らいでいきました。

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ぐっすり眠った時の朝の様に自分が手術を受けていた事など忘れて目が覚めました。
ここしばらくこんなにぐっすりと眠った事は無いというくらい熟睡して目覚めた気持ちの良い朝の様な感じでした。

ゆっくりと深呼吸してくださいと言われてやっと手術だったと思い出した感じでしたが
まだ喉に挿管してあったので咳込むようになってしまいました。
すぐにチューブが抜かれて別に苦しくもなく普通に呼吸が出来ました。

たぶんこの時はまだ意識が朦朧としていていつ手術台からベッドに移されたのかは良く覚えていませんが
手術室から病室の様な所へ移動したあたりからよく覚えています。
後から教えて貰ったのですが移る予定のリカバリールームが空いておらずナースステーション隣りの個室へ変更になったそうです。

その間おしっこがしたくて膀胱がパンパンになっている感覚に襲われ部屋に着いたら
すぐにトイレに行かせて欲しいと言うと、
麻酔の後遺症が出るかもしれないので朝までは絶対に安静でベッドの上で起き上がる事も禁止だと言われました。
それでも無理を言って尿管に挿入されているカテーテルだけは抜いてもらいました。
その後はシビンのお世話になりましたが、、

次にふくらはぎから下にエアーで動作するマッサージ器を装着してもらいました。(血栓の予防らしいです)
このマッサージ器は足先から膝に向かってゆっくりとかなりの力で締め付けてきて膝まで来るとエアーが抜けてゆるみ、
しばらくするまた足先から始まるという事を翌朝まで繰り返していました。


マッサージ器の装着が終わると外で待っていたカミさんと叔母が部屋に入って来ました。

この時、リカバリールームではなくてナースステーション隣りの個室にいること
手術にかなり時間がかかり時刻はもう午後4時近くだという事を知らされました。

少し前に執刀した先生からボルトというかビスみたいな小さなネジ7本(後日レントゲンで8本だった事が判明)とプレートで骨を固定し
無事終了したという説明を受けたと聞かされました。(予定よりネジ2本多かったです)
後日8本だった事が判明しました。

まだ酸素マスクは外してもらえず、ベッドサイドモニターもつないだままです。
母の病院でも良く見ていたサチュレーション(SpO2)の数値を見ながら酸素の量を減らしていくそうです。
数値は97だったのを覚えています。

たぶん午後6時ごろにやっと酸素マスクが外れた頃から痛みが激しくなってきました。
看護婦さんに痛みを訴えると明日の朝食以降にならないと飲む痛み止めは出せないけど
座薬の痛み止めなら大丈夫だと言われました。
座薬はかなり苦手でベッドでの身体を起こすことさえ禁止のこの状態で
もし便意が出るとかなり面倒な事になるので仕方がなく我慢しました。

15分おきに自動で血圧を測定する腕を締め付けられる感覚で時間の過ぎるのがわかりますが
痛みがますますひどくなってきてこの15分がかなり長く感じられてきました。

夜中でも頻繁に看護婦さんが来てくれるのでペットボトルの水を取ってくれたりしてくれますが
この厳しい痛みだけは何ともならず、やっと夜が明ける頃、とうとう熱が出始めてしまいました。


2009年1月18日(日) 天気 曇り
入院第3日目 また病院へ

何もやっていないのに時間の経つのは早いもので
もう病院へ戻る朝になってしまいました。

起きている時にはなるべく痛みが無いようにそっと体を動かすようにしていますが
夜寝ている時はそうもいきません。
真上を向いても痛みがあり眠れませんし右を下にするのはまったく無理です。

結局やや左を向くのが一番痛みが少ないのですがそのままでは腰も痛くなり、
たまに上を向くために寝返りをうつわけですが
痛くてその状態では寝返りをする事が出来ないのでその度に上半身を起こす事になり
結局まどろむ程度でぐっすりと眠る事が出来ませんでした。

カミさんに送ってもらい午前9時前に病院に到着。

病室に入り前開きのパジャマに時間をかけてゆっくり着替えます。
着換える時に財布を家に忘れた事に気が付きました。

とりあえず今日はあまりやる事が無いみたいです。

暫くすると手術担当の看護婦さんが明日の手術の説明をしに来て
午後1時から手術が行われる事がわかりました。
手術後はこの病室には戻れずリカバリールーム(この病院ではICUの事をそういうみたいです)に
翌朝まで入れられるという事がわかりました。


午後2時過ぎにシャワーを浴びる様に言われ片手が使えないため介護をしてもらいながらという事でしたが
脱衣所で上半身だけ脱いだところで恥ずかしくなり断りました。
背中と動く方の左腕は洗えませんが昨日の夜にカミさんにその部分は洗ってもらったのでいいでしょう。
ただしこの後の恥ずかしい出来事の後だったら洗って貰ったかも知れません。


午後3時ころ、絆創膏のアレルギーを見るために脇の下に近い左腕の内側に
番号を付けた6mm四方程度の絆創膏を14種類貼りました。

絆創膏を貼って貰っている時に友人が見舞いに来てくれて
絆創膏を貼り終わった後、1階のロビーで話をしました。

そう、彼は3年前にやはりバイクで転倒して鎖骨を骨折、手術をしていました。
彼の場合は他に肩甲骨とろっ骨を数本骨折していたので
手術後の抜糸した後は石膏のギプスで固められ、
またその状態で暑い時期の6月から7月半ばまで過ごしたのでかなり大変だったと話していました。

また手術前に浣腸された事、手術後に尿道に管が挿入されていた事などを話し
すでにその事に関しては聞いてはいましたがやはりそうなるのかと思いました。
また手術後、麻酔から覚め、時間が経つごとに耐えられない痛みが襲って来て
座薬による痛み止めをして貰ったという事です。

彼に別れを告げ病室に戻ると先程の看護婦さんが来て
今日お通じは出ましたか?
と聞いてきたので、今日はまだだけど夜くらいまでには出そうだと答えると、
一応出ないようだと浣腸をしないとダメみたいな事を言っていたので
軽く返事をしました。

すると10分もしないうちに手に蛇腹の先にチューブのついた浣腸らしきものを持って
さあ、じゃあこれからトイレへいってみましょうと言ってきました。
心の中でかなり動揺していましたが、
先程の友人の話では「恥ずかしいから自分でやったよ」と言っていたので
それで済むだろうと思っていました。

洋式の個室に入りお尻を出すように言われた時に
「自分でやります」と言ったら
「これは難しいから駄目です」
「いや、でも、、、」
「、、、、」
看護婦さんは歳の頃は30歳くらい、わりと綺麗な感じの人で

これ程恥ずかしい事はありませんでした。


午後6時、夕食を食べました。
段々左手での箸の使い方にも慣れてきました。
これであさっての朝までは食べることが出来なくなります。


午後7時前にカミさんと娘が面会に来ました。
頼んでおいた財布を持ってくるのを忘れたとの事、
2千円カミさんから借りました。

病院のエントランスまで2人を送り病室の方へ歩き出した時、娘が外のガラスの扉の向こうから一生懸命に手を振っているのが見えました
次に娘を見る時は手術も無事終わってからだろうなと思いながら手を振り、2人を見送りました。

9時に消灯、翌日の手術の事と痛みでやはり眠る事が出来ません。
午前3時を過ぎてからやっとまどろむことが出来ました。


2009年1月17日(土) 天気 晴れのち曇り
入院 2日目 外泊

やはり狭いベッドでは寝る以外の起きている時の痛みの少ない体勢を保つのは厳しいので
早々に外泊許可を貰い家に帰ってきました。

明日の朝9時には病院に戻らなければなりませんが
家に帰って来ると勇気づけられる出来事がありました。

先日、日産の松坂さんから私が遅く出した年賀状の返信メールが届いたのですが
それの返信をちょうど骨折当日に出したので、
鎖骨骨折で入院が必要な事などを書いて出しました。

そして昨日テクニカルセンターから新型Zのカタログが届いたのですが
松坂さんからのものでした。

開封しページを開いて驚きました!


表拍子をめくると!


湯川さんからのメッセージが!




そして松坂さんも。
本当にありがとうございます。



さらに安藤さん。
力作のドキンちゃんありがとうございます。




その次は永井さん。
Z Car Fiestaでもご迷惑をかけしました。




最後は尊敬する加藤さん。




自分の身に余る日産の有名な人たちからのメッセージで
これで不安が残る月曜日の全身麻酔の手術も落ち着いてうける事が出来そうです。

松坂さんが各所をまわって手配してくれた最高のカタログ、ケガをしたとはいえ
今日ほどZに乗っていて良かったと思った時はありません。

本当にありがとうございました。


2009年1月16日(金)
入院 第1日目 

カミさんに連れられて病院まで行きました。

情けない話ですが荷物運びから入院手続きまでやって貰いました。

入院に関しての説明などを受け病室まで案内されます。
他に診察などは無くこの痛みのまま狭いベッドにいるのかと思うと
少しいやになりました。

検温と血圧を測ったら後はやる事がありません。

はじめはベッドに座っていましたが痛みがひどくなり
ベッドに横になっているうちに寝てしまいました。

5人部屋で(他に2人だけしか入っていません)一番廊下側のベッドでドアは開け放たれているので
廊下からは丸見えです。


しばらくうとうとしていると
廊下を女子学生の様に陽気にしゃべりながら通る声で目が覚めました。
母の入院している病院とは違い看護師はすべて女性ですし
整形外科という事もあるのか入院患者もスポーツをやる若い女性の方が多いようです。

これはかなり落ち着かない場所だと思いました。

2009年1月15日(木)
明日から入院

明日の朝8時50分までに病院に入らなければならないので
今晩のうちから入院の用意をします。

昨年の暮れに母の付き添いで病院に泊まった事はあるのですが
自分自身の入院は初めての経験になります。
今まで一度も点滴も受けた事が無いので全身麻酔の手術というのは、、、、

一昨日の医師の説明では約1時間ほどの簡単な手術という事でしたので
自分自身では手術そのものではなくてやはり麻酔に不安があるのだと思います。

簡単な外科手術でもこれほどですから
母が脳の手術を受ける時の不安はどれほどのものだったのでしょうか。

2009年1月14日(水) 天気 晴れ
富士スピードウェイフェアレディパレード

鎖骨の骨折というのは右手がほとんど使えずかなり不便な事がわかりました。
少し上半身を動かすと痛みが走り上着はおろかズボンもまともに履けない有様です。
食事も左手で箸を使うというのはかなりの鍛錬が必要で改めて母が入院当初の右半身不随の大変さがわかりました。


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今日、(株)ネコパブリッシングさんから案内が届きました。

3月22日(日曜日)
(株)ネコパブリッシング主催
「タイムマシーン・フェスティバル2009 FAIRLADY Z 40th Anniversary」
開催場所:富士スピードウェイ
7:00〜15:00

DSCC会員はフジスピードウェイ本コースの
「フェアレディZ・パレード・ラン」に参加出来そうです。

Zのパレードランは12:25〜13:05を予定しているそうで
パレードラン参加者は午前9時頃までにFSWに入場の必要があるという事です。

3月はイチゴ狩りからスケジュールがいっぱいなのでスケジュール変更もありそうです。


2009年1月13日(火)
鎖骨の骨折

トホホな出来事です。

今朝の午前7時45分頃、ファイヤーブレードで通勤途中に転倒してしまい右鎖骨を骨折してしまいました。

なんと生まれて初めて救急車に乗る事になりました。
付き添いで乗車した事は数回ありますが、、

肘・肩にパッド入りのジャケットを着用していたので他の身体の部位は大丈夫でしたが
それを受け止める鎖骨に負担がかかり3つと一つの破片の骨折になった様です。

ボルト数本で固定する手術と一週間の入院が必要になりました。

手術は全身麻酔で来週の月曜日、その準備のため金曜日の朝から入院という事です。
今現在は家で痛みに耐えてこの日記を左手で打ち込んでいます。

当初、救急隊員に母の事を伝え、同じ病院への搬送をお願いしましたが
病院から受け入れを拒否され他の病院への搬送になりました。
ただこちらの整形外科はスポーツ選手の治療でも有名です。
サッカーの小野選手もこの病院で手術を受けるために外国からわざわざ帰国したほどなので
今では少し良かったかなと思っています。

ファイヤーブレードのダメージもかなり有りますが
リハビリをして以前と同じように腕が上げられる様になるのに半年程度かかるそうなので
今はあまりあわてずにじっくりと直そうと思っています。
ファイヤーブレードはJAFのロードサービスで引き取りに行ってもらいました。

肝心の転倒原因はというと、、、
単独でのぶっころびで大ケガなんてかなりみっともない話なので、、、
タイヤが温まる前にパワー掛け過ぎて後輪が激しく滑ったとだけ言っておきます、、、

転倒していたファイヤーブレードを起こすのを手伝ってくれた皆さん本当にありがとうございました。

2009年1月12日(月) 天気 晴れ
レーダー探知機

カミさんの買い物の付き合いでオリンピックという量販店へ行ったところ
マルハマのGPS方式のレーダー探知機が税込で5000円で売っていました。
GPS−925ELというセパレート式のレーダー探知機です。


今現在Zにはユピテルのカーナビ機能付きのSCN−20RDというのを使っていますが
レーダー探知機能は問題ないのですがカーナビの機能は全く実用しません。
またAir naviを取り付けたのでカーナビ機能は不要になりインパネの雰囲気を壊さない
コンパクトで邪魔にならないものが欲しいと思っていました。

以前にZで使っていた(今セレナに取り付けています)マルハマは使い勝手がかなり良く
便利な機能もたくさんついていました。

オリンピックで売っていたのはそのマルハマだったので思わず買ってしまいました。


購入後商品をよく調べるとディスプレイの有期ELのパネルがあまり大きくないみたいで
しかも3色しか色を出せないみたいです。

まぁ遠くに付けずに近くに付ければ大丈夫ですし、マルハマの便利な機能の距離と運転時間表示は
この機械には付いています。

レーダー探知やGPSの精度はいまやどこのメーカーでも同じくらい性能が良いですし
あとはいかに邪魔にならなくて視認性の良いところに取り付けられるかだと思っています。

とりあえず今日は本体をターボタイマーが付いていた場所へ仮付けてみました。
小さなディスプレイでもこの場所ならまぁまぁ良さそうです。



配線は来週にでもやってみたいと思っています。


2009年1月11日(日)  天気 晴れ
スケート

出かけていない正月が続きこの先も予定がないので、、

娘を連れてスケートへ行ってきました。

夏はプールでお世話になっている公営のスケート場です。


今日は例年よりも大変な混みようでした。

近くなので自転車で行ったのですが駐車場は満車で道路にかなり並んでいました。
見ると都内や付近のナンバープレートが半分以上で
不景気の波が押し寄せていると感じました。

スケート場にほど近い場所に母の入院している医療センターがあるので
帰りに寄ってきました。
空気が澄んでいて遠くの山がきれいに見えました。

2009年1月10日(土) 天気 晴れ 風のある寒い一日でした
Z32

先日Z31のミニカー、東京タワーと一緒に注文していたのはZ32のIMSA仕様のミニカーでした。

スティーブミレンのモデルです。
昨年のテクニカルセンターくるま未来祭りの時に購入していたのと同じモデルですが
今回のはIWAYAモデルでZ31同様エンジン音が再生されます。



左がIWAYAで右が京商ですがつくりはかなり違います。


2009年1月9日(金) 天気 雨 夕方みぞれ 午後5時の気温 3.9℃
つくばサーキットのイベント

この日記を読まれている方のほとんどは昨日案内メールを受け取っていると思います。

来週の18日(日曜日)に新型フェアレディZ試乗会&サーキット走行会が行われます。
要望があり本部ページにも掲載しました。

楽しそうで是非行ってみたいのですが、母の状態によっては難しいかも知れません。

お医者さんも不思議に思ったのか一昨日、CTによる検査を行い今日、担当医師による所見が出ました。

やはりかなり前回の検査より癌が進行しており前回10月中旬の段階でも生命の危機だったという事(確かに当時はあと2〜3日と言われました)でしたが
今回の話では何故これで生きていられるのか分からないけどバイタルの数値は安定しているみたいなので
余命は全く分からないという事でした。

一分後かも知れないし、数か月後かも知れない、、

何とも困惑する内容でしたが医師の方がもっと困惑しているという表情でした。

2009年1月8日(木) 天気 晴れ 昼の気温8.4℃
財部ビジネス研究所

カンブリア宮殿に続き今日も見ました。

BS日テレの財部(たからべ)ビジネス研究所で
さすがは財部さんの番組で、題名のビジネスはあまり関係なく、日産とセントラル20による新型Z34の紹介番組となっていました。

湯川さんをはじめ加藤さん、チーフデザイナーの中村史郎さんのインタビューもあります。



もちろん歴代フェアレディZの紹介もありました。

個人的にですが黄色のZ32を見てうれしくなってしまいました。


カンブリア宮殿はZの紹介というより、自動車関連の不況についてが殆どで
その中でフェアレディZの熱いオーナーの人々という事でZ car Fiesta の映像を数分流しただけでしたが
今日の財部ビジネス研究所は全編フェアレディZでこちらは是非ご覧になることをお勧めします。


今日見逃した人にはBSではお決まりの再放送があります。

1月11日 日曜日 BS日テレ 141ch  AM9:00〜9:54

2009年1月7日(水) 天気 晴れのち曇り
IWAYAモデル

昨日の欠品のクレーム品ですが、今日の午前中届きました。
正確には午前11時ごろの不在メールが入っていて受け取ったのは夜8時過ぎです。

昨日の午後6時ごろの電話ですから、その後すぐに発送してくれたのでしょう。

その商品はZ31のミニカーです。


国内モデルだとこの後期型の3Lはターボ仕様が無いのですが北米では発売されていました。
そのプレミアムをモデルにしたミニカーです。


ただし造りは良いとは言えず全体のシルエットも実車とは若干違います。

その代わりに実車から録音したエンジン音がボタンを押すと再生されます。
ディティールの甘さから考えるとミニカーを購入する本来の対象である少年向けなのかもしれません。

2009年1月6日(火) 天気 晴れ
セガトイズ

昨年娘のクリスマスプレゼントでシルバニアという小さな人形の家をプレゼントしたのですが
予算より多少安かったので、他の物を見ていると(シルバニアはアマゾンでしたが東京タワーは他のショッピングサイトです)
一昨年前のクリスマスプレゼントの候補に入っていた東京タワーのミニチュアおもちゃがかなり安く売っていました。
シルバニアはサンタクロースからのプレゼントで東京タワーは父からのプレゼントという事で注文しました。

しかし、他の物も一緒に注文してそちらの在庫が無いからどうしましょうかと連絡があったのがクリスマスの3日前、
そしてそれの返信と発送案内メールが届いたのが28日で届いたのが30日です。

しかも30日に届いた商品には他に注文して一緒に届くはずのものが入っていません。
納品書にはしっかりと書いてあるので別便という事も考えづらいので
すぐにクレームの電話を入れましたが、店は休日に入ってしまったみたいでやっと電話がつながったのが
はじめに発注してから3週間後の今日でした。(今日も昼の電話には出ず、夕方6時近くの電話でやっと繋がりました)

しかし正月休みが入ったとはいえかなりルーズなショップです。

電話の応対が悪かったら全て返品するつもりでしたが、電話口では平謝りでしたので
東京タワーは今日やっと開封しました。

光の色もオレンジ→赤→白→ピンク→緑→青と変わり見ていると癒される感じがします。

2009年1月5日(月) 天気 晴れ
カンブリア宮殿2

放送を見ました。

番組の主題は自動車産業の史上最悪の不況についてで、
10年前の日産の業績をV字回復させたカルロス・ゴーン社長に今回の不況と今後について語ってもらうという内容でした。

スペシャルという事で1時間半のうち最初の1時間はZはほとんど出てきませんでした。

このまま何も放送されずに終わるのかと思っていたら、出てきました。

しかも、不況の暗い内容を吹き飛ばす200台のフェアレディZファンという紹介で!!


ほんのワンカットですが、DSCCメンバー数名の顔も写っていました。
あとでそのシーンをスローで再生したら自分も端っこに写っていました。
もしかしたらテレビに写ったのは生まれて初めてかも知れません。

BSで木曜日に再び放送されます。
1月8日(木曜日) BSジャパン 171ch 20:30〜21:54

2009年1月4日(日) 天気 晴れ
カンブリア宮殿

明日1月5日 22:00〜23:24 テレビ東京(関東)のカンブリア宮殿・スペシャルで
新型Zの放送があるとお知らせして頂きました。

昨年のZ Car Fiesta 08の時にPVGへテレビクルーが来ていて
この時カンブリア宮殿の撮影をしていて正月に放映予定と聞かされていたので楽しみにしていましたが、
ご連絡をいただくまですっかり忘れていました。
もしかすると、明日の放送でZ Car Fiestaの映像、Zの人文字くらいは流されるかもしれないと期待をしています。

そして
1月8日(木曜日) 22:00〜22:54 BS日テレ
財部ビジネス研究所『不況知らず?の新型車発表;日産フェアレディZ』

こちらも見逃さないようにしたいですね。


2009年1月3日(土)  天気 晴れ
書き初め

娘が小学校の宿題の書き初めをしました。

字がお世辞にもうまいと言えないのは紛れもなく父のDNAが入っているからでしょう。



達筆の筆で宛名を書いてある届いた年賀状をみて、今日つい考え込んでしまいました。


2009年1月2日(金) 天気 晴れ 
スパークリングワイン

お正月という事で久しぶりにアルコールの話など。

スペインのスパークリングワインで、確か一年ほど前に
ロゼを飲んだと思うのですが簡単に日記を調べたのですが見つかりません。

もしかしたら同じシャトーのものかと思ったのですが、、


今日のものは白でフレシネコルドンネグロと書いてあります。



すっきりとしていて口当たりがよく飲みやすいスパークリングワインだと思いました。


2009年1月1日(木) 天気 晴れ
年賀状

2009年、新年が始まりました。

昨年は年男でしたが一年前の年初に先輩の人から言われた60年に一度と言われる
激動の子年(個人的にも世界的な経済にも当たりました)が
やっと過ぎたと思いとりあえずはホッとしようとしています。

個人的な方では今現在も気になるのは母の事ですが、、
こちらはどうしようもなく森羅万象の自然のものによる事柄だと考えるようになっています。

他に自分自身の生きていく上で最も重要であると考えている
(職業は製造業ですがたぶん直接には関係ありませんが)
車関連の業績の悪化、北米が主であるZの将来、ファイヤーブレードのメーカーであるホンダのF1撤退など長期的な心配がありますが
新年になり運気も変わり(儚い願いかも知れませんが)全てがうまくいく方向になってくれればいいと願っています。


新年にあたり一番申し訳なく思っていることは表題の年賀状です。
事前のお知らせもないまま新年のご挨拶とも言える年賀状を今年は一枚も出せなかった事です。

今日になり、母も一生懸命生きようとしているという事を考え
やはり思う事は年賀状を元旦に届く様に手配できなかった事を残念に思います。

昨年中には幾度か迷う事もあり大変お世話になった方に年賀状だけでもお送りしたいと考えていましたが、、
かといってこちらの起こりえていない事柄をお知らせ出来る訳もなく、、
結局は何も行動することが出来ませんでした。

大変失礼な事になりましたが、元旦の今日になってからお出しする事になりました。
元旦より遅れて届く非礼を深くお詫びいたします。