| 2009年4月30日(木) 天気 晴れ |
| ブレーキオイル警告灯? |
|
ブレーキフルードが減ってもブレーキの警告灯が点灯しなかった理由が分かりました。
昨日、ディーラーでボンネットを開いてメカニックへ故障内容を説明している時、
リザーバータンクへのハーネスのカプラーが挿さっていないのを見つけました。
その時は外した覚えが無いのに何故挿さっていないのか、少し不思議でしたけど
今日良く考えたら、思い当たることがありました。
昨年ヒーターホースを交換した時にメインハーネスを持ち上げるために
周辺で邪魔になるカプラーを外した覚えがあります。
ただその時外したのがリザーバータンクのものかはっきりとした記憶は無いのですが
ヒーターホース交換時の写真を見てみたらしっかりと外れていました。

11月22日の12時39分の写真で時間からもヒーターホースバンドからも交換作業前でまだ何も手を付けていない時のものだと考えられます。
この後の写真は13時1分で冷却水を下から抜いている写真なのでハーネスを持ち上げカプラーを外したのはこれよりだいぶ後だと記憶しています。
上記の事からカプラーはこの日より前から外れていた可能性もありますが今となっては何とも分かりません、、、
ブレーキフルードはもしかしたら以前から少しづつ漏れていて今回はたまたま家に帰るまで大丈夫だったという事も十分考えられそうです。
千本松の出発前はエンジンオイル、ラジエターキャップを外しての冷却水の量の点検は行ったのですがブレーキ液までは点検しませんでした。
カプラーが外れていて警告灯が点灯しない時に起こったブレーキフルード漏れ、、
オーナーの点検ミスが最大の原因ですが20年間の長い期間の中でたまたま今回、同じ系統のミスと故障が重なり、
もしかしたら重大な事故につながっていたかもしれないと考えると不幸中の幸いという事だけでは片付けられない
何らかの意味があるのかも知れないと考えています。
今年はケガをして入院、手術というところから始まり、母の死と続いています、今回はかろうじて事無きを得たのですが
これから先は気を引き締めていこうと考えています。
|
|
|
|
| 2009年4月29日(水) 天気 晴れ |
| ブルーステージへ |
今日も仕事だったのですが祭日という事で残業は無しになり6時前に家に帰って来られました。
Zのブレーキオイル漏れの修理を何とかしなくてはと思いブルーステージへ電話をしてみると入庫OKとの事です。
家から2kmほどですから先を読みながらゆっくり走ればサイドブレーキだけでも何とかなると考えおそるおそる出発して無事到着しました。
修理の見積もりは連休明けになりそうです。
Zの入っていた車庫にはカミさんの納車間もない車が入る事になりました。

|
|
|
|
| 2009年4月28日(火) 天気 晴れ |
| チーム・マイナス6% |
|
トップページにチーム・マイナス6%のリンクバナーを貼り付けました。

チーム・マイナス6%とは地球温暖化を防ぐためにCO2の排出を1990年より6%減らそうという運動です。
なぜ突然貼り付けたかというと自宅で使用する電気について、今までどうしようかと考えていましたが
一つの答えが出て実行に移すことにしたからです。
どういう事かは後日にまた、、
|
|
|
|
| 2009年4月27日(月) 天気 晴れ |
| ブレーキフルード |
|
昨日のブレーキオイル抜けですが修理に出すにしても運転して乗って行くのはかなり危険だと感じています。
一週間前の車庫に入れた時までは少なくともブレーキの違和感がなかったので
車庫に入っていた一週間でどこかへ漏れたと考える方が正しいのではないかと思います。
走行中に漏れてしまっていてたまたま家に着いた時に空っぽになったという事も考えられますがその確率はかなり低いでしょう。
不思議なのはブレーキオイルが無いのに警告等(サイドブレーキのランプと共用)が点灯しないことなのですが
リザーバーのセンサーが壊れているのかも知れません。
リザーバータンクの液が何もしていないのに減るとすればマスターシリンダー付近からの漏れが一番怪しいのですが
この付近は今日も見てみましたが液漏れの形跡は見つけられませんでした。
もしかするとマスターバックの中かも知れないし、その周辺から車体を伝わって行くうちに下まで垂れず
どこかに溜まっているのかも知れません。
どちらにしろブレーキも踏まずエンジンもかけないで置いておいてリザーバータンクのブレーキフルードが減るのか
確かめたい気がします。
ただブレーキフルードは塗装への攻撃性が剥離剤の様に強いのであまり試したくはないのですが
修理するためには必ずブレーキフルードが必要になるのでとりあえず日産の部販で買ってきました。

1L缶で1615円+消費税81円でした。
|
|
|
|
|
|
| 2009年4月25日(土) 天気 雨 |
| サイクロン式クリーナー |
|
車の車内掃除用に小さくて大変良さそうなので注文しました。

今日試しに家の中で使ってみたら小型ながらにさすがはサイクロン式で
1年半ほど使った普通の大きさのものより吸引力はあるみたいです。
ただ音がかなりうるさいのでそれがさらに吸引力を強く感じさせているのかも知れません。
100VのAC電源が必要なのでほぼZ専用となりそうです。

本体はアイロンくらいの大きさですがやや重さがあるので
付属のショルダーベルトで肩から下げて使うのがベストです。
|
|
|
|
| 2009年4月24日(金) 天気 曇り 夜雨 |
| GPS−3700LS |
|
|
|
| 2009年4月23日(木) 天気 晴れ |
| WONDA |
|
|
|
| 2009年4月22日(水) 天気 晴れ 最高気温24℃ |
| 三ヶ月検診 |
|
手術から3ヶ月が過ぎ経過を診てもらうために病院へ行って来ました。
先月と同じく地下鉄で病院まで行きましたが駅から地上へ上がると汗ばむような陽気で
病院など行かずにこのままどこかへ出かけたくなるようなさわやかな空模様でした。

駅のエスカレーターを出た場所にて。
木々の葉も先月よりもだいぶ多くなりました。
今回の検診では骨の結合もかなり良くて、日常行動での制限はほとんどしなくても大丈夫だということです。
鎖骨というのは中高年になるとかなり付きづらいそうでレントゲンの所見ではほぼ結合しているので
一般的な平均に比べるとだいぶ回復が早いそうです。
夜寝る前に牛乳を欠かさずに飲んだのが良かったと勝手に考えています。
そこで一つ先生に質問をしてみました。
私「二輪の運転はしても大丈夫ですか?」
先生「まぁ、この様子なら大丈夫だとは思いますが」
私「結構、重たいので取り回す時に負担がかかりそうですが?」
先生「大きなバイクですか?」
私「900ccなんですけど」
先生「!乗らなくても済むのであればあえて乗らない方がいいでしょう。6月の検診での完治の結果を待ってからでもいいと思いますよ」
という事でやはりバイクに乗るのはもう少し先の様です。
まぁ普通に乗る分には全然大丈夫だと思いますが転倒でもすればおそらくほぼ再骨折するでしょう、、
そしてバイクと転倒は可能性としては絶対切り離せないですから。
今回は先生に許可をもらってレントゲン映像をカメラで撮らせてもらいました。
4月22日の正面からのレントゲン
改めてよく見てみると20ミリくらいの長さのビス状のもの8本で120mmほどのプレートと骨を留めているみたいです。
横を向いているネジは1か所飛んでいた骨を留めていると説明を受けました。
これを外すとなると結構痛そうです、、1年後に再び外す手術は全身麻酔というのはしょうがないかなという気になってきました。
|
|
|
|
| 2009年4月21日(火) 天気 曇り 夕方から雨 |
| キッズケータイ |
|
|
|
| 2009年4月20日(月) 天気 曇り |
| アルバムのアップ |
|
やっと本部ページの那須ツーリングのアップが終わりました。
こちらの日記は昨晩書かなかった分と今日の分を書き終わったのが深夜1時少し前、
日記もいい加減に綴った文章なので後日直すつもりです。
今回も数少ない写真で選ぶ余裕がありませんでした、、反省。
|
|
|
|
| 2009年4月19日(日) 天気 快晴 |
| 那須ツーリング |
|
|
|
| 2009年4月18日(土) 天気 晴れ |
| PCアーム |
|
|
|
| 2009年4月17日(金) 天気 曇り午後から雨 3月中旬程度の寒い壱日でした。 |
| イヤホンマイク |
|
|
|
| 2009年4月16日(木) 天気 晴れのち曇り |
| バッテリーチャージャー |
|
3ヶ月近く乗っていないバイクですがバッテリーが心配なのでたまにバッテリー維持のため短時間ながら充電をしています。
ただ充電しっぱなしで忘れてしまいそうになる事もしばしあり、
その際過充電によって二輪の様なシールドバッテリーは破裂する恐れがあります。
布団に入ってから充電しっぱなしだったのに気づきあわてて車庫まで降りて行った事もありました。
そこで安眠?のためにも全自動で充電してくれるバッテリーチャージャーを探してみたところ
3800円という安価で売っているものを見つけました。

説明書によると全自動で充電をしてくれて、充電が終了するとバッテリーの状態によっては維持充電という
バッテリーの機能を維持してくれるものに切り替わるみたいです。
バッテリーのアンペアによって車種を選ばなくてはなりませんが
しっかり選べばバッテリーに負担の掛かる様な充電はしないと思うので安心です。
試しに手元にある二輪のシールドバッテリーを充電してみるとちゃんと維持充電まで自動で行ってくれました。

値段が安いのとあまり聞いた事の無いメーカーなので気になりますが
一応シールドバッテリーにも使えると書いてあるのでしばらくは使ってみようと思います。
一応70Ahまでは使えるのでZの維持充電にも使う事が出来そうですね。
|
|
|
|
| 2009年4月15日(水) 天気 晴れ |
| 日産コレクション |
|
アシェットコレクションズの日産名車コレクションですが今月は待望のZが届きました。
ミニカーとしては珍しいS130の2by2です。
当時の国内では2by2のほうが数多く見ることが出来ましたのでこれはこれでいいチョイスだと思います。
日産コレクションのミニカーですがはじめの頃はつくりがとても良かったのですが
最近は段々と質感が悪くなってきています。
今回の130に至っては、まるっきり図面などは引かないでつくったのではないかと思えるほど
外観のディティールが違います。

このまま発刊が進むとZ32が出る頃には全く外観の違うミニカーになっているのではないのかと少し心配になってきました。
やはり実写の発売順でミニカーも届くのかもしれないと考えてしまいました。そうすると次はZ31でしょうか?
|
|
|
|
| 2009年4月14日(火) 天気 曇りのち雨 |
| ETC休日特別割引 |
|
那須ツーリング案内の高速道路料金ですが昨年のままという事に気が付きました。
割引料金へ書き換えようと思っているのですが調べても明細を出すのが何故か難しいです。
ETC特別割引ですと休日特別割引で郊外は上限1000円の料金なのですが
東北道の場合は加須ICまで別途、大都市近郊区間料金が掛かります。

この料金がいくら掛かるのかが分かりづらく困っています。
ツーリングの時間帯の川口JCTから加須までは大都市近郊の昼間30%割引になり
そうすると通常1200円の約30%割引で850円になり那須ICまでは1850円という事になります。
しかし川口JCTから那須ICまでのETC休日特別割引(昼間時間帯)で料金検索すると1700円と出てきます。
もしかすると川口JCTから浦和料金所までの料金が入っていないのかも知れません、、
先日岩槻ICからお墓参りに行ったときは1500円だったので岩槻から加須までは500円という事になりますが
こちらも料金検索をすると大都市近郊休日昼間割引で600円という結果で一致しません。
たぶん那須ICまで1700円というのが正しいとは思うのですが、、、
※大都市近郊区間のみ走行した場合はターミナルチャージという料金が100円〜150円加算されるそうです。
よって川口JCTからの東北道の最大料金は1700円という事です。(4月17日追記)
他に都心部を挟んで1000円区間を2回通る様な場合(例えば東名の御殿場から東北道の宇都宮へ行くような場合)は
4月28日までは両区間で1000円づつ、合計2000円掛かりますが
4月29日からは一回分の1000円しか取られなくなるそうです。
休日特別割引における特定区間の乗継ぎ特例について
料金形態がますます分かりづらくなりますが、うまく使えば安くなることは確かなようです。
|
|
|
|
| 2009年4月13日(月) 天気 晴れ |
| 加速度センサーアダプター |
|
|
|
| 2009年4月12日(日) 天気 晴れ |
| Memorial |
|
|
|
| 2009年4月11日(土) 天気 晴れ |
| カメラバッグ |
|
|
|
| 2009年4月10日(金) 天気 晴れ |
| F−01A |
|
|
|
| 2009年4月9日(木) 天気 晴れ |
| ツーリングの地図 |
|
葬儀などでしばらく放っておいた本部コンテンツですが
もう那須ツーリングも間近になってやっと少し変えました。
ツーリングの予定コースの地図などのリンクを(こちらで作成したページなので)作成しました。
と言っても、去年のものの日付を変えて駐車場への入り方を見直しただけですが。
リンクを張るにあたってこちらのトップも換えておきました。
|
|
|
|
| 2009年4月8日(水) 天気 晴れ 桜も散りはじめました |
| おくりびと |
|
先日アカデミー賞を取った映画のDVDです。
母が無くなる前は内容的にあまり見たくなかったこの映画ですが
こうして葬儀も終わり、この前のワイン出庫祭の時にコミュの管理人(かなりの映画通です)の方に
良い映画だと聞きましたので、早速、購入して今日届きました。

ただしばらくは家に帰って来てからも忙しそうなので観るのは少し先になりそうです。
|
|
|
|
| 2009年4月7日(火) 天気 晴れ |
| やっと |
|
ヒマだった仕事ですが新年度になりようやく少し入って来ました。
まるで母が合わせてくれたかみたいに。
ただ、メインの数の多い月定例の仕事はまだ在庫がだぶついているいるためフル回転するのは3ヶ月先だそうです。
見通しもついて少しホッとしているところです。
|
|
|
|
| 2009年4月6日(月) 天気 晴れ |
| 桜 |
|
開花してからなかなか満開にならなかった桜もここ数日の暖かさでどうやら満開になった様です。

母が亡くなってから一週間が過ぎ気が付くと4月になっていたという感じです。
自転車の通勤も暖かいと気持ちが良いし、何よりエコロジーなところがいいですね。
もしかするとこのまま自転車でと、なるかもしれませんが二輪も普段乗らないと危ないので
鎖骨が完治したらどうしようかと考えています。
|
|
|
|
| 2009年4月5日(日) 天気 晴れ |
| 疲労 |
|
やはり疲れが溜まっていたみたいで朝、喉の痛みで目が覚めました。
ここで気合いを抜くと一気に体調を崩すので薬を飲んで安静にする事に、、
それでも用事があるので夕方には出かけてきましたがなんとか身体の調子は戻った様です。
|
|
|
|
| 2009年4月4日(土) 天気 曇り |
| ワイン出庫祭 |
|
|
|
| 2009年4月3日(金) 天気 晴れ |
| 悲しみとは |
|
肉親の死に直面した時に悲しみに耐えられるかという不安がかなり前からありました。
一昨年前に友人が突然亡くなった時は深い悲しみと辛さ、食事ものどを通らず1か月は苦しくて夜眠ることも出来ませんでした。
今回はまだ時間が経っていないからかも知れませんが
それほどの深い悲しみというのはまだ感じていません。
昨年の7月に入院した時は本人はおろか周りも医者もそのような事態になるとは夢にも思いませんでしたが
8月に倒れてからどんどんと悪い方向へと進んで行き、
9月の手術直後に医師から余命は3〜6か月と言われた時はかなりショックを受けました。
10月にはほとんど周りの事を理解できなくなるくらいに進みましたが
10月中旬には奇跡的に言葉を発する事が出来るくらいまで突然回復しました。
この時、たった一回ですが病室に入ってきた私の顔を見た瞬間、母が泣きだしそうになったのを覚えています。
今にして思えばその時母は今生のお別れだと感じたのかも知れません。
その後すぐに発熱をしてしまい昏睡状態に陥り再び意識が戻る事は二度とありませんでした。
こうして振り返ってみると、母は少しづつ周りの人達の心の準備を整えさせ
決して周りが悲しんで辛い事の無いようにして旅立って行ったのではないかと思っています。
|
|
|
|
| 2009年4月2日(木) 天気 晴れ |
| 告別式 |
|
午前4時過ぎ、さすがに眠れずに目が覚めてしまいました。
頭と身体はまだ重くしばらく布団に横になっていましたがどうしてもお線香が気になり起きだして見に行きました。
やはりカミさんも娘も良く眠る事が出来なかったみたいです。
3人でテレビを見ながら昨晩買ってきた朝食を食べて、お風呂に入ったりしてのんびり朝を過ごしました。
着付けが午前8時半からはじまるので着替えをして午前9時から最後の打ち合わせが始まりました。
午前9時30分お寺さんが来られたので控え室へご挨拶に行きその後司会の人とも最終打ち合わせをします。
午前10時から告別式が始まり40分ほどで初七日の法要へ、午前11時前に出棺前の最後のお別れとなりました。
午前11時30分、クラクションを鳴らしながら葬祭センターを出棺し火葬場へ12時前に到着。
火葬場で最後のお別れとなり扉の閉まるのを見送りました。
再び葬祭センターへ戻り精進落としの会が終わったのが午後2時半ごろ、
実家へ戻り、骨壺と位牌に御線香を上げ親しい親戚を見送り家に帰って来たのは午後6時過ぎ、
テレビを見ているうちに寝ていました。
|
|
|
|
| 2009年4月1日(水) 天気 曇り 夕方から雨 |
| 通夜 |
|
午前10時から葬儀屋さんとの打ち合わせをします。
夕方からの通夜の大まかな出席者数と通夜振る舞いの料理、返礼品、翌日の火葬場参列者の人数、精進落としの人数、料理
町会からの手伝いに来ていただいた方へのお礼、などを決めますが人数の方は全く見当が付かず困りました。
打ち合わせは12時少し前までかかり、いったん着替えのために家に戻ります。
午後2時に再び家族を連れて実家へ向かい午後3時から納棺の儀が始まりました。
地方、宗教などによりいろいろあるそうですが、母の場合は以下の様な感じでした。
杖、足袋、草鞋、手甲、脚絆、六文銭(首から下げた頭陀袋に三途の川の渡し賃)、頭飾り、数珠などの旅支度を家族、親戚2人づつで着けてあげます。
他に好きだった食べ物、娘からの手紙を着物の袂へ入れ、元気だった頃に来ていた洋服などを旅装束の上に掛けます。
全ての支度が整ったら斎場へ移動のためにいったん蓋をして家族、親せきで棺を持ち上げて搬送車へ運びます。
午後3時30分、搬送車を手を合わせてみんなで見送った後に私達も斎場へ向けて出発します。
斎場へ到着するとすでに祭壇の手前には棺が置かれており、母の頭周辺に生花を飾っている最中でした。
祭壇の前に出来ていた焼香所で御線香を上げてから3階の控え室へ移動し、葬儀の司会の方と打ち合わせをします。
午後5時過ぎに、お寺さんが到着して挨拶、戒名の説明と説法をいただきます。
葬儀前に家族がお坊さんから説法を授けるとは思いませんでしたが、、
10分ほど前に葬儀会場へ入場、時刻通りの午後6時より通夜が始まりました。
午後7時過ぎ、通夜も無事終わりました。
午後9時過ぎそろそろ残っている親戚も帰り始めた時、今夜ここに残り泊まる予定だった兄が
朝からの腰痛が我慢できないほどになったので急遽、私達一家3人が泊まる事になりました。
着替え一式を家に取りに行き戻って来たのが午後10時少し前でした。
泊まると言っても祭壇とは別の3階の控え室でとりあえず御線香を絶やさないようにするだけで良いという事です。
御線香は細いらせん状のバネの様な10時間ほど燃焼し続けるので深夜11時ころに交換をすれば翌朝9時くらいまで大丈夫だそうです。
控え室の奥の方は完全な和室で独立しており自宅より広いお風呂とトイレが付いていて完全な旅館という感じです。

手前には豪華なラウンジが付いていて葬祭センターだと思わなければ充分のんびり出来そうですが、、

建物には葬祭センターの人は常駐せず(道路向かい側の事務所には居るそうですが)この広い建物で
3人だけとなるのが少し心細い感じですが逆に多少大きな声でしゃべっても大丈夫なので遠慮はしないで過ごすことは出来そうです。
温泉気分でお風呂にゆっくり入り深夜0時ころに御線香を交換しに祭壇へ行きそれでも普段より遅い2時過ぎに就寝しました。
|
|
|
|